『遠まわりする雛』米澤穂信(角川書店)読了

短篇集。白眉は表題作の「遠まわりする雛」。千反田の十二単姿を見た奉太郎の反応、そしてラストの二人の会話。ザ・青春小説とも言うべきこの甘酸っぱさこそ本シリーズのエッセンスだろう。このあたりのシーンは京アニがどう料理するのかぜひとも映像で見てみたい(お約束の演出として浮かぶのは、わずかにけぶるような画面効果のもと、ゆっくりと目前を斜めに横切る千反田、画面転換して奉太郎の呆けた顔、といった感じか? 当然見たいのはありきたりでないものだ!)が、アニメがどこまでやるかだな。

あ、あと蛇足ではあるが、ミステリとしてはいつものごとく。

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『クドリャフカの順番』米澤穂信(角川書店)読了

少し時間をあけると、キャラクターが鬱陶しく感じるが、しばらく読み進めると慣れるのでまあそれはよし。

今回の舞台は文化祭。相変わらずミステリとしてはおもしろくもないが、いやー、やっぱり文化祭はいい。『ビューティフル・ドリーマー』を引くまでもなく、少しの非日常と喧騒が醸しだす独特の雰囲気。定番ではあるが鉄板。それを楽しめたんで十分。

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『人はなぜ恋に落ちるのか?―恋と愛情と性欲の脳科学』ヘレン・フィッシャー(ソニーマガジンズ)読了

いきなりだが引用。

 こうした発見に刺激され、わたしはさらに幅広い考えを抱くようになった――恋愛感情はおもに脳内の動機システムであり、それは要するに、人間の根本的な交配衝動だと信じるにいたったのである。(p.126)

本書では、このことの傍証として、さまざまな実験や動物観察の結果を示し、ドーパミン、セロトニン、ノルエピネフリンなどが恋愛に大きな役割を果たしているというような主張をするわけだけど、ま、そのあたりはいい。脳の研究は緒についたと言えるかどうかの段階だし。

ただ、人間が動物であり生物である以上、これは自明のことだろう。人間の脳だって、その働きは化学反応「に過ぎない」のに、どうも特別視したがる人がいるのに首を傾げる。自分が1個のシステムであるということに対して自我の不安を覚えるからなんだろうか? そういった不安への回答も少々長いが本書から引用する。

 ただひとつだけ、たしかなことがある。科学者たちが脳内の地図をどれほど正確に描き、恋愛の生物学を解明したとしても、この情熱の神秘と高揚感が損なわれることはありえない。これは自分の経験からいうことだ。
 人に、恋愛にかんする知識が個人的な生活にどう影響をおよぼしたのか、聞かれることがある。そう、たしかに知識は増えた。それに理由は自分でもよくわからないが、前より安心感が増したように思う。自分がこんなにあれこれ感じてしまうのはどうしてなのか、前よりわかるようになったからだ。周囲の人たちの行動も、ある程度は予測できるようになった。それに自分や他人に対処するための道具をいくつか手にすることもできた。
 しかし恋愛を理解したからといって、感じかたまで変わったわけではない。ベートーベンの第九の楽譜をすべて知っていたとしても、それを耳にするごとにおぼえる興奮が変わらないのと同じだ。レンブラントが絵の具をどう混ぜ、どう塗ったかについて正確にわかっていたとしても、彼の肖像画を目にすれば、全人類にたいする圧倒的な共感をおぼえずにはいられないのと同じ。恋愛にたいする知識に関係なく、わたしたちはみな、恋の魔法を感じるようにできているのだ。(pp.339-340)

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『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待』佐藤克文(光文社)読了

データロガーを動物に装着することで、その生態を明らかにしていくという「バイオロギングサイエンス」。

この新しい学問で得られた知見を、筆者の体験をもとに判りやすく楽しく解説している。

こういった書籍は、最前線の科学に触れられることもさることながら、どのような工夫で研究を行うかという記述が興味深い。ハイテクの塊と思われるような分野でも、壁を打破した方法が意外なほどアナログであったというケースは多い。

天才による閃きだけが扉を開くのではない(たゆまぬ努力は必要!)ということは、なんとなく気分をおもしろくさせてくれる。

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『天地明察』冲方丁(角川書店)読了

史実の間を想像で紡ぎ、惹きつける物語とする、まさしく正しい時代小説。

日本史の授業で項目として覚えただけの授時暦、貞享暦、渋川春海がいきいきと蘇り、あまつさえ尊敬する和算の大天才関孝和(俺が持ってるイメージとは違う人物造形だったが)と運命の糸を交わらせるところなんかは興奮を超えて作者に感謝の念すら覚える。

天下の一大事業ではあるが一見地味な改暦というテーマを、かくも魅力的なエンターテインメントに仕上げた作者の努力と力量には頭を垂れるほかない。

そして、そのストーリーテリングもさることながら、多彩なキャラクターの魅力も素晴らしい。特にえん。(ラノベで培われた?)そのツンぶりは豪速球。全編通してデレるのが1か所だけというのもポイントが高い(笑)。

唯一残念といえるのは、第6章5節以降。改暦に至るまでの出来事としても肉厚であり、また、春海のそれまでとは違う一面(実直一辺倒だった男が改暦に執念を燃やし、搦め手からも闘う)を描けたであろうに、淡々とまとめてしまっている。

その直前に起承転結の転を持ってきているので、まとめに入ったということかもしれないが、いかにもあっさりとしていてもったいなく(物足りなく)感じた。

とはいえ一級品のエンターテインメント作品であることは間違いなし。心から拍手を送りたい。

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『偽薬のミステリー』パトリック・ルモワンヌ(紀伊國屋書店)読了

従来、偽薬というものは医療・治療にとってのノイズで、究極的には根絶すべきものだという考えていたが、本書を読んで少し思い直した。

患者の治療こそが最大の命題だとすれば、医師と患者の信頼に強く依存する偽薬は、治療の一形態であるともいえる。さらに言うならば、医師が患者に接する態度や励ましの言葉なども(有効成分が定量的に検出できず、再現性もないという意味で)偽薬の一種といえるかもしれない。

偽薬を効果的に用いることができれば、実薬による副作用を減らしたり、医療費を圧縮したりすることもできるかもという夢も広がる。とはいえその利用に際しては倫理が問われることも必定。偽薬について正しい説明がなされ、広く理解されることが必要だが、みんなが理解すればするほどその効果は薄まるという問題もある。8章の最後にあったような素晴らしい例なんかは理想的だが……。

ともあれ間違いなく言えるのは、医師が患者にとってどれだけ重要かということだろう。その一挙手一投足が治療を大きく左右するということに当の本人たちは気づいているんだろうか? 自分が受けた診察の経験からいうと、思い至っていない医師も多そうな気がする。そもそも医師の育成にあたって、そういった教育はどの程度行われているんだろう? 機会があれば聞いてみたいものだ。

また、7章の最後でホメオパシーについてすぐれた指摘がなされていることにも言及しておきたい。偽薬療法(信奉者はホメオパシーは違うと主張するだろうが、偽薬療法そのものだろう)は、治癒の可能性と不可能性を見分けることができる医師によって実践されているからこそ意味があるのである。

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2012-05-18のニュース

『愚者のエンドロール』米澤穂信(角川書店)読了

『氷菓』に続く古典部シリーズ第2弾。

どのように感想を書こうかと思ったが、貶してから褒めることにする。

まず断じて許せないのは、主人公折木が解明した事件の「真相」について。俺が知るかぎりこのトリックの初出は新本格作家A氏の作品だと思うが、まったく同じものを「盗用」しながら、あとがきでも一言もないというのはどういうことだろう?

『毒入りチョコレート事件』や『探偵映画』には触れながら、その作品に触れないというのはまったく理解に苦しむ。『占星術殺人事件』に対する金田一少年と同じだぞ、これは。

それとも何か。俺は寡聞にして知らないが、このトリックはパブリック・ドメイン化するほど一般的になっているのか? にしたところで、先達への敬意が必要ないわけじゃあるまい。

ともかくこの点については非常に腹立たしく不快に感じた(もし事実関係等誤認があれば教授願いたい)。

……ここから気分を変えて褒めることにする。実は本作においてトリックや謎解きは作品の根幹部分ではなく(幸いだった!)、主人公折木のレーゾン・デートルへの問いかけこそが主題だった。

「きっと何者にもなれないお前たち」であると自分を「貶め」、世事への無関心を貫いていた折木が役割を「与え」られ、有頂天になったところを突き落とされる。

そういった青春時代の1ページを切り取ったことに本作の意義はあるし、筆者がこれからの折木をどう描くのかには興味がある。

本格としての出来はさほどだし、トリックの問題はのどに刺さった骨のように気になって仕方ないが、青春小説としては頷けるところがあった。まあ折木の心情(喜び・苦さ)をもっともっと描いたほうがそのあたりがはっきりしてよかったとは思うけど。

ともあれ良きにつけ悪しきにつけ『氷菓』よりも読後感が「あった」。3作目も読む。

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『人間はどこまで耐えられるのか』フランセス・アッシュクロフト(河出書房新社)読了

タイトルだけ見るとゲテモノ寄りにも見えるが、あにはからんや、素晴らしいサイエンスブック。

第1章 どのくらい高く登れるのか
第2章 どのくらい深く潜れるのか
第3章 どのくらいの暑さに耐えられるのか
第4章 どのくらいの寒さに耐えられるのか
第5章 どのくらい速く走れるのか
第6章 宇宙では生きていけるのか
第7章 生命はどこまで耐えられるのか

の7章構成だが、1~4章はいざという時の危機管理マニュアルとしても秀逸。実例を引きつつ人体のメカニズムを説明し、必然的に導き出される効率的な対処法を示している。

最近トレッキングに出かけるようになった自分にとっては、高さ・暑さ・寒さがもたらすさまざまな危険を解説している本書は大変ためになった。

そしてそればかりではなく、読み物としても抜群におもしろい。人間がどのようなドラマとともに困難を克服してきたのかは本当にワクワクする。

さらに6章以降では、熱水の中や極寒の地で生きている信じられない生命たち(このあたりは新しい知見はなかった)についても触れられており、知らない人にとっては大変興味をそそる内容になっている。

俺は図書館で借りたんだけど、読み終わると同時にネットで注文した。オススメ。

ところで、つい先日の北ア遭難事故では、回収された遺体がTシャツや夏用のレインスーツ姿だったということで装備不足が指摘されていた。ところが続報では、ライトダウンやツェルトも用意した60L程度のザックを用意していたとのことで、準備に抜かりはなかったようだ。

キリマンジャロやアルプス登頂者もいるヴェテランがなぜ、という疑問の回答は低体温症。本書によると中度の低体温症(中枢温度が35℃を下回る)では、体が激しく震え、歩くのもやっとになる。言語は不明瞭に、思考は緩慢に、そして合理的な判断ができなくなる。雪の中で寝たいと思ったり、ザックが重すぎるから捨てようとしたり、寒さを感じないので服を脱ぎ始めることさえあるらしい。

先の事故でもおそらく天候の急変により、みるみる気温が下がり、様子を見ている間に低体温症に陥り、適切な対応が取れなかったのではなかろうか。

登山の先輩に対して失礼を承知で書くが、これは他山の石とするに格好の材料。

「ウェアの着脱は面倒臭がるべからず」

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『名探偵を起こさないで』井上ほのか(講談社)再読了

登山のお供に持って行く本を本棚で物色。とある事情でミステリが読みたかったんだけど、目についたのは本書とチャンドラーの『高い窓』。どちらにしようかと思ったが、往復で確実に読み切れるこちらを選択。

おそらく10年ぶりぐらいで読んだが、女性ティーンズ向け文庫で曲がりなりにも本格してるのには感心するし、嬉しい。アイディアの巧拙というより、ごまかそうとしていない姿勢にすごく好感が持てる。

機会があれば他のシリーズも読み返したい。

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