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リトル比良トレッキング(岳山~岩阿闍梨山~寒風峠)

今回は、JR近江高島駅を出発し、リトル比良を縦走、JR北小松駅でゴールの縦走。

ザレた道、ちょっとした岩場、木立などヴァラエティに富んだコース。ただ、そろそろ気温が上がり始める季節になったので、低山では暑い。そしていろんなムシが出てくる。俺にとっては厳しい現実。

少々バテながら(いろんなムシを見たことで精神的にも)、ゴール近くの楊梅の滝が見えるところへ。

楊梅の滝

とりあえず近くまで行ってみる。ガイドブックによると、そこから下山できるようなんだが、道が判然としない。これかな? と思う道はあったんだけど、結構切れ落ちてて着かれた足で行くのに危険を感じたので引き返す。

さらに少し降りると、雌滝への分岐があったのでそちらにも進んでみたが、これも急坂で怖かったので引き返す。

登山道入り口まで降りたところにあった地図によると、やはりルートはあった模様。今度は逆に辿ってみてもいいかもしれない。

そして登山靴の話。今回も岩阿闍梨山あたりで痛くなったので見てみると、やはり水ぶくれ。そこで、ショップの人からの最終アドバイスである痛めそうなところへの事前テイピング(今回はすでに痛めてしまってるが)をしてみると、これがすこぶる調子がいい。足の動きの自由度は下がるけど、痛みは大幅に緩和。次回以降は、最初からかもしくは下山を始める前にテイピングをしてみようと思う。

歩行距離:11.922km。

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『レトリック感覚』佐藤信夫(講談社)読了

衝撃。

筆者いわく、もともとレトリックは「他人を説得し、言い負かす技術」であり、そこから「芸術的あるいは文学的表現の技術」へと歩を進めた。そして、それらは時とともに軽んじられるようになったが、じつはレトリックにはわたしたちの認識をより正確に記述するための「発見的認識の造形」という役割があったのだ――。

続いて引用。

森羅万象のうち、じつは本名をもたないもののほうがはるかに多く、辞書にのっている単語を辞書の意味どおりに使っただけでは、たかの知れた自分ひとりの気もちを正直に記述することすらできはしない、というわかりきった事実を、私たちはいったい、どうして忘れられたのだろう。本当は、人を言い負かすためだけではなく、こよばを飾るためでもなく、私たちの認識をできるだけありのままに表現するためにこそレトリックの技術が必要だったのに。(p.26)

唖然呆然。まったく筆者の言うとおり。どうしてそんなことを忘れられたのか、自らを省みて、その思慮の浅さに恥じ入るばかり。

さまざまなレトリックについての考察もなかなか興味深いものもあったけど、ある意味上記を指摘した序章1が俺にとってこの本のすべてといっても過言ではないくらい。

名著です。